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新潟港。

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 8月 4日(金)22時56分33秒
返信・引用
  新潟港。

今日、こんな情報があった。

新潟まつり開幕 開港5港ミス勢ぞろい
4日開幕の新潟まつりを盛り上げようと、日本を代表する港街からミスや親善大使らが新潟市の篠田市長を表敬しました。
篠田市長を訪ねたのは、新潟をはじめ函館や横浜など江戸時代に続いた鎖国から港を開いた〝開港5港〟のミスや親善大使です。それぞれのまつりに互いに参加するなど5つのまちは交流を深めています。親善大使らは、4日夜の大民謡流しや、5日のキラキラパレードに参加しまつりに華を添えます。
BSN: 2017年08月04日(金) 19:28

今年の新潟県の公立高校の入試に、開港5港を書かせる出題があった。
日本語として開港5港というのは成立する単語なのかと、ちょっとここで思う。
ま、そんなことはどうでもいい。
開港5港は、函館、新潟、横浜、神戸、長崎。
で、新潟港は、具体的にどこですか?と聞いてみる。
学校教育における社会科に精通しているというか毒されている人ほど、現代の新潟西港とは、歴史的かつ地理的に答えづらいからだ。
すると、誰も答えられないんですね。
そんな問題を出題しているわけですよ。
ミスなんとかというのも、なんか古臭い。
いや、そうではなくて、社会をやるんだったら、港を出題させるのであれば、しかも国内の、子どもには話すことが出来ないかもしれないが、様々な文化を結びつけて考えないと話にならないのに。
例えば、金刀比羅神社、造船技術、鉱物の運搬、港の選定、海流、斬首・島流しとしての港文化、売春宿。
外国については、そういうのを教えているのに、そうぼくは世界史でした、日本史は暗記は容易だが、うわべだけの知識になっている。
 
 

比較は出来ないが。

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 7月29日(土)00時57分20秒
返信・引用
  津久井やまゆり園襲撃事件のことが今週話題となった。
が、冷静に振り返ってみると、質的に類似の事件や量的にすさまじい被害が出た事件はいくらでもあるように見える。

新潟大学ツツガムシ事件、新潟県立精神医療センターでの患者リンチ事件を考えた時に、いやそういう事件を恥部として扱わず、向き合っていたならば、ヒットラーだとか、優生思想が、唐突には出てこないはず。

新潟大学ツツガムシ事件や新潟県立精神医療センターの事件は、法廷にすら持ち込まれていないし、行政処分も受けていない。
 

また『クワルテット』

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 7月23日(日)10時41分42秒
返信・引用 編集済
  今日の東京新聞に津久井やまゆり園の犯人とのやり取りが出ている。

ちなみにこの裁判は、朝日新聞によると、横浜地裁が被害者名を匿名にするとのこと。
行政情報として、ぼくたちに情報を開示しないということは、ぼくはあるのかな?と思う。
警察不祥事や警察署や刑務所での自殺だって、匿名だからね。
≪冤罪だ≫と述べている人が自殺しても匿名というのもあるのではないのか?
また、拘禁施設での死亡案件は、警察官や刑務官の虐待によるものだということを実際に述べている専門医もいる。

話を戻す。
東京新聞の記事は、とても考えさせられる記事だ。

犯人は、「意思疎通がとれない人間を安楽死させるべきだ」という。
安楽死、尊厳死、延命治療の拒否、細かなあるいは専門的なことばは忘れてしまっているが、これは安楽死とは呼べない。
安楽死またはそれに似たような死というのは、様々な要件があるわけだが、本人の同意と社会の同意が必要でありかつ立法府で立法化され合法でなければ、そこが一番緩い基準ではなかろうか?

また犯人は、「私の考える『意思疎通がとれる』とは、正確に自己紹介をすることができる人間」だという。
そんな人間はいるわけがない。
全てを把握し、記録し、完全かつ完璧に自己紹介なんてできるわけがない。
だが、犯人の「私の考える『意思疎通がとれる』とは、正確に自己紹介をすることができる人間」とはどういうことかと考えてみると、支援計画書を支援を受ける側が書くことが出来かつ主訴を支援職や福祉職や精神科医や看護師に述べることができるということなんだろうか?とも考える。
これも、無理。
ぼくは鼻の病気だ。
猛烈な頭痛だ。
あるいは腰の病気だ。
これは、脚に電流が流れているような激痛だ。
どちらも、その場所は痛くないのだ。
ぼくは痛みは訴えられるが専門家ではないわけで初診時に勝手な病名をいったらおかしな患者だ。
そもそも患者が主訴を述べられないわけで、となると誰もがかれのいうところの安楽死の対象となる。
だが相手の立場になり一度お互いに躓いてみてもちろん例えだが、というのが、生徒・学生と教師、支援者と支援職の間柄、つまり人間関係の仕事の基本だと、ぼくは経験から断定するのだが、他の人たちはどう考えているだろうか?

熊谷晋一郎・東京大先端科学技術研究センター准教授(40)の「意思疎通とは人と人との間にある関係で、意思疎通がとれないのは被告にも責任がある。一方を抹殺する理由にはなりえない」という論旨は、もっともだ。
まず、そもそもこの犯人は、福祉職であり支援職だったわけで、金を取ってその仕事をしていたわけで、殺してしまえでは自らはどうやって仕事をしていくのだろうか?
(もちろん社会の変化によってなくなっていく職業はあるとは思うが。)
支援職として、福祉職として、犯罪は認められないが、支援していく上で支援対象者に対して厳しいことを述べたり話し合いをし今後どうしていくのか?ということはあり得る。
支援対象者と支援者は、意思疎通が容易でないならば、組織としても個人としても、模索し、探りながら、そして楽しく日々の生活が送れているのかという確認をしながら。
ぼくのちっぽけな経験だが、チップを渡すところでは、ベストを目指しているように見える。
と書くと、資本主義肯定となるかもしれないから、別の賃金に関することも書くと、仕事をやっていて、ぼくが努力してもしなくともぼくの財布は変わらない場合であっても、できないけれどもベストは目指す。
ベターでもいい。
知らなかったから、聞かれなかったから、行動に移さないという、米山新潟県知事のようなふるまいはしてこなかった。

ここが問題の核心でもあるんですね。
ぼくは、別の解説をする。
うちの地域のありとあらゆる相談機関は、相談者をつまり住民を追い払うために≪いっていることが分からない≫という。
それでは、税金を支払いあらゆる制度を維持しているぼくたちは不在ということにならないかといつも思っている。
税だけを支払っているわけだから、公権力の行使だけなんですよね。
この行動は、中世みたいだ。
でも、いっていることが分からないといわれたら、なだいなださんの『クワルテット』を思い出すようにしている。
文庫のP82に理解するとはどういうことなのかということが書いてある。
お互いに、分かろうという気持ちがなくては理解できない。
また、自分が分からない時に、仲間あるいは組織としてどう対応するのかという意識も犯人にはない。
この職場環境は、想像できる。
かれの仲間、上司も、あまりよくなかったような気がする。
現に、この職場は、利用者に先生と呼ばせていたようなところがあるんだよね。
それで、津久井やまゆり園の職員に労災あるいは公務災害って成立するかね?

また、犯人は次のようなことを述べる。
「重度・重複障害者を育てることが、莫大なお金と時間を失うことにつながります」と。
莫大なお金と時間なんて、物凄いところなんていくらでもあるのに。
前述の通り、仕事は全て財布の中身に直結しない。
人間相手の職場は、むしろかれの考えることの方が多い。
(自動車関係、工学関係は、こういう効率を求める傾向が顕著という事実もある。大量殺と、ぼくは関係していると見る。)

でも、かれは職場で苦悩しながらも、がんばっていたのだ。
だから、最悪の方法ではあったが、解決しようとした。
ちなみに、もっとひどい職員は沢山いるというのが施設の実態だ。
 

ミナシゴ。

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 7月15日(土)03時32分13秒
返信・引用 編集済
  『クワルテット』、なだいなだ著、集英社文庫を読んでいたら、ふっと考えました。
(ワは小さいワです。)

ぼくは、1人っ子。
まぁ、最近、1人っ子と直接いわれることも少なくなったし、いわれても、『ああ、さようでやんすか』と受け流す。

親が入院していて、トータルで、もう3か月くらいになるのではないか?
だが転院したので追い出されてはいない。
父親にとっては、これほどの断酒も初めてなのではないか?
そんなことはどうでもいい。
ぼくは、今までに2度ほど入院した。
緊急入院というやつだ。
だから、保証人もテキトーだった。
だが、ぼくが地域で入院するとなると、保証人を書いてくれるような人はいない。
頼むのも嫌だ。
と、考えると、ぼくはミナシゴなんですね。
現実は。
子どもの時に、初めての修学旅行に行く時に、母親が病気になり、父親の妹から弁当を作ってもらったことがあった。
いまならば、迷わずコンビニ。
いや自分で作りますけれどもね。
その弁当が、ひどかった。
そんなことは、親にもいえない。
勉強もそう、部活もそう、進学もそう。
ぼくは人から社会から地域から学校から職場から大切にされなかった代わりに、自らで道を切り開いてきた自信はありますよ。
ですんで、結構、喧嘩は強いかな?
でも、それはミナシゴの強さ。
自らが変えられないことを差別というのであれば、こういう差別に対して、ぼく以上に活動している人はいないと思いますね。

これは、ちょっと記しておきたいことです。
 

クワルテット。

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 6月25日(日)19時54分40秒
返信・引用
  『クワルテット』、なだいなだ著、集英社文庫を読みました。
(ワは小さいワです。)
精読はしていません。
時間と場所がなくて、精読できないのです。

全文章を暗記したいような気持ちになりました。
クワルテット、それはクワトロ、クアッドというカタカナ語を知っていれば、4が頭に浮かぶはずです。
患者、検事、鑑定人、医師という4。
幸せ、仕事、環境、性という4。
法廷の真四角という4。
決まりきったことをやらされるという監獄という意味合いもある4。
車のエンジンのように、4、4、4、4で緻密に設計されている論理的な4。
そうキーワードは4なんですね。
患者、検事、鑑定人、医師のこころの吐露がぼくのこころを揺さぶる。
だが、今は、もはや安定した生活がないので、結婚も、子どもを持つことも、優生保護法も、つまりこのぼくたちが子どもの頃は当たり前だった4がなくなっている。

この本の欠点はあります。
おそらく今の学生は、この本の知的水準に達していない。
つまり、かなり人を選ぶ本なんですね。
そして、導入部分がかなりリクツっぽい。
さらに、漢字の統一性がない。
地方の人は、この本を読みこなせないと見ている。

また、この本について書くつもりです。
 

『ふり返る勇気』のあとがき

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 6月 5日(月)21時04分9秒
返信・引用
  なだいなだ著、『ふり返る勇気』のあとがきを紹介します。

このあとがきは、こころをうつ、動かすものがあるのですが、現実は人の命は金なんですね。

ちょっと話は飛ぶ。
相模原の事件を受けて、行政職員の施設内虐待や拘禁施設での暴力がひとつでも立件されたか?
本当に精神疾患の支援というのであれば、地方の実情はどうなのか?
あるいは知的障がい者施設の入所者の現実は少しでも可視化されよくなったか?
人を殺そうと思う奴に対処する方法はないのです。
今日、地方紙を読んでいたら地域の警官が職質の大切さを述べていた。
いわく、秋葉原の事件も止めることが出来たと。
出来っこない。
その紙面に出ていた警察署の様子を、ぼくはよく知っている。
人をはめたり、あるいはぼくが指さして警官を指導していることもある。
目の前で不法行為が行われているのに、それを見逃して不審者探しをしている警官という現実を伝えないわけさ。
話を戻す。
結局は優生思想なんですよ。
正しいことをする、ではなくて、激烈な競争に勝ち抜き、負けたらお終いなわけです。
競争の先にあるのは、金ですね。
自民党、公明党なんて、誰も捕まらない。

北朝鮮を取り巻く状況だってそう。
あんな国は嫌いです。
けれども、日本はアメリカのより大きな組織暴力に頼ろうとしている。
その暴力や権力の暴力はよくて、ぼくらの暴力は認められないという。
あの暴力装置だって、物凄い金です。
さらにアメリカ・ドルは基軸通貨。
と書くと、必ず社会主義者かあるいは共産主義者かということばが投げつけられるわけだが、いっているご本人はあらゆる保険で守られている。
それは資本家というよりも相互扶助という精神であり、どこか旧ソ連の赤い雛壇を思い出す。
行動しても、しつくしても、世の中は変わらないものね。
今は、もう身体を壊して無理なんだけれどもね。

なだいなださんの思考はこころをうつだけに、現実とのギャップに悩んでしまうというのも事実。
 

常識哲学、なだいなだ著、筑摩書房。

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 5月30日(火)21時55分10秒
返信・引用
  まず、テレビ朝日より。

日本の若年層のうち…ニートの割合10% 170万人
テレビ朝日系(ANN) 5/30(火) 7:04配信
 日本の若年層のうち仕事も通学も職業訓練もしていない、いわゆる「ニート」の割合が10%を占めることが分かりました。
 OECD(経済協力開発機構)によりますと、2015年の時点で、15歳から29歳までの若年層のうち仕事や通学などをしていないニートは170万人で、10%に上りました。20代の4人に1人が4年間に一度、ニートになっていたということです。OECDによりますと、日本のニートの割合は過去10年間で減少し続けていて、OECD加盟国の平均を下回っています。一方、その半数でニートの期間が複数年にわたることや3分の2が求職活動をしていないのが特徴だということです。OECDは日本の場合、高校の職業訓練などを強化することで、若年層の雇用状況をさらに改善できるとしています。

この前の朝日新聞の社説で、非正規が4割というものがあった。
病気や障がいで働けない人、社会参加すら出来ない人も、何割かいる。
と考えると、正規は多く見積もって5割。

その一方で、NHKでは次のような情報。

4月の有効求人倍率 1.48倍 バブル期の最高超える
5月30日 8時54分
仕事を求めている人、1人に対し、企業から何人の求人があるかを示す、先月(4月)の有効求人倍率は、前の月より0.03ポイント上昇して、1.48倍で、バブル期の最高を超える高い水準となりました。
厚生労働省によりますと、先月(4月)の有効求人倍率は、季節による変動要因を除いて1.48倍で、前の月より0.03ポイント上昇しました。これは、バブル期の最高だった平成2年7月の1.46倍を超え、昭和49年2月以来、43年2か月ぶりの高い水準となりました。
都道府県別で見ますと、東京都が2.07倍で最も高く、次いで、福井県が2倍、石川県が1.86倍などとなっています。一方、最も低かったのは北海道で1.09倍、次いで神奈川県が1.11倍、沖縄県が1.12倍などとなり、7か月連続ですべての都道府県で1倍以上になりました。
また、新規の求人数は前の年の同じ時期と比べて3.2%増えました。これを産業別に見ますと、運輸業、郵便業が8.3%、製造業が7.9%、建設業が6.9%、それぞれ増えています。
厚生労働省は「有効求人倍率は、製造業や建設業で新規求人数が増え続けていることなどで、大きな伸びとなった。産業構造が違うとはいえ、数字のうえではバブル期を超える高い水準となり、雇用環境は着実に改善が進んでいる」としています。

地方では、売地、更地で、大火が起きても延焼はない状態だ。
経済がそんなにいいわけがない。

親が入院し手術をし、そして喧嘩したわけだが、親は子どもをいつまでも子どもだと思っている。
親からしてみれば、なだいなださんのいうおりで、実力主義なんか生きてほしいとは思っていないのではないかと考えている。
なだいなださんの結婚相手やお子さんは、極めて優秀かつ実力主義者である。
だが、それはフランスでの話し。
あるいは日本の大都会の東京での話し。
子どもは常識的に育ってほしい、ただそれだけなんだと思う。
ぼくの同級生も、その親の意志を忖度し、進学を断念し、地域で生活している人がほとんどだ。
さらに、その実力主義をはかることはとても難しい。
実力主義をはかるものさしを持っている人は、ぼくの都道府県にはいません。
大過なく、生物として、人間として生きて行ってくれればそれでいい、というのも常識哲学の持つ側面ではなかろうか。
 

『ワイドショーでなぜ悪い』

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 5月28日(日)20時59分24秒
返信・引用
  『ワイドショーでなぜ悪い』、なだいなだ著、『ふり返る勇気』、筑摩書房を紹介します。

先月のぼくの文章は支離滅裂。
今月は、上記の話し。
なだいなださんの指摘は正しい。
政治評論家(政治部)が出てくると、まともな政治行われない。
そして、まともな番組や新聞はない。
今の安倍政権は、より悪質になっている。
国会が≪シンゾー・アキエ・ハウス≫になっている。
放送免許取り消しを、名前が出てこないが、官房長官や総務大臣にやらせればいいのだ。
テレビは、フジテレビだけ。
新聞は、読売だけ。
今、イタリアのシチリアでのサミット(何という名前なのかが分からない。)を終えて政府専用機で日本に向かっている最中の安倍夫婦だが、メディアを廃紙、停波にしたら、G7への出席は絶望的となる。
経済も科学技術も、北朝鮮の脅威が現実となっている現在では、日本はそれほどたいしたものではない。
また、この本を読んで、メディアだとかジャーナリズムとは何なのかということを考えてしまう。
反権力なんて、そんなことは、ぼくのなかでは思想だから分からない。
けれども、加計学園、森友学園、どちらもあらゆる行政に共通する問題だったりする。
特定のところが認可されているんだよね。
あるいは、特定のところに補助金が流れている。
そして、ぼくらには自助・自己責任だという、現在の権力。
文部科学行政に限れば、私学よりも国公立の方が汚いものがある。
ま、地域の名士を罵ることになるので激しくはやらないけれども、もうじきその名士もあの世だ。
となると、その実力のない息子と向き合うわけだが、ちょっと楽しみ。
ぼくのことはどうでもいい。
だが、このなだいなださんの論理は、なかなか興味深いものがある。
今、読む価値はありますよ。
 

『人生論ノート三木清』、岸見一郎著、NHK出版。

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 4月15日(土)19時57分23秒
返信・引用
  『人生論ノート三木清』、岸見一郎著、NHK出版が今日手元に届き読んでみました。
熟読ではなくて、流し読みですけれども。
三木清という人は、なだいなださんの本を読んで知った人。
なだいなださんによると『共産党員をかくまった』だとかで逮捕され、戦後、刑務所内で『食糧難で獄死したとかいう人』だったと記憶している。
ぼくは、そういう話はとても好きなんですね。
共産党とかいう話は、ちょっと苦手なんですけれどもね。
なだいなださんからは、こういう人を何人も紹介していただいた。
ゼンメルヴァイスやチャペックやケストナーなどなど。
そういうことをなだいなださんから教えていただいたから、ぼくはまだ死んでいないのだと思っています。

図書館で三木清著、『人生論ノート』を読んで、≪これは読みこなせないな。≫と思った。
NHK出版の本でも、哲学の本でも、ことばが分からないものがいくつもある。
突然、習字の話をするが、習った流派の場合、≪上手い≫ということが分かる。
それと同じように、読書も、ことばや論理展開が理解不能なのがほとんどなんだよね。
文豪といわれる人や賞の名前になっていたり、受賞者に、ぼくは理解できない人が多いかな?
勉強だって、そうなんで、ま、これは対象が生きているし、学閥もあって、生臭いので書けないけれども、アブストラクトというはじめにのところを読んだだけで、勘みたいなものがはたらき≪どうなんかな?≫と思う。
それくらい三木清著、『人生論ノート』は、ぼくにとっては難解だった。
買って失敗だと思っていた。
≪この際、書棚を整理して≫なんてことも考えた。
どうでもいいことだが、昨日、地震があった。
震度は1だったようだが、震度7とかいわれている地震でも動かなかった本棚が揺れた。
揺れはたいしたことがなかったが、エネルギーは相当なものだということがわかった。

届いて読んでみると、とても読みやすい。
内容も理解できる。
なだいなださんの常識哲学の対義にある哲学が三木哲学であるように思ってしまったのですが、この本は哲学を少しでも知っているのであれば読みやすいし、お勧めの本です。
 

Foolish

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 4月 1日(土)18時21分12秒
返信・引用
  先程、ブログを更新して出かけるつもりはなかったのだけれども、出かけた。
相変わらず、町内会の監視と警察の追跡はある。
若い時ならば、こういうのは苦痛だったのだけれどもね。
根拠が在って、書いているのだけれども、病的と思われるのであればそれでいい。
地域の公的な大学のいくつかが実力に基づかない人事をしていたということや公務員が年度末に辞めていく際の発言を見て、実際に紙面で確認したいから図書館に行った。
ぼくはなだいなださんから学校という装置についてのお話を聞いた。
教育とは、今、まさに話題になっている教育勅語の通りで、国家に奉仕し規格内に収まる製品を作り出す場なんだよね。
その最たるものが社会科だということをなだいなださんは述べられていた。
アメリカ人と接すると、あるいは教会で様々な国の人と接していると、個人として最善を尽くす、あるいは出来る範囲で日々がんばるというものを感じた。
だから、今が大切なんだ、そんな風に感じたものだった。
ところが日本人は、個人なんてなくて組織、組織、組織。
役所、メディア、交通、町内会などの公は、個性や自我という個人を嫌う。
そして、ぼくらに強いる。
人を殴る、人のものを盗むというのは犯罪だとぼくは考えている。
少なくとも、個人としてはそう思っている。
ところが、そういう犯罪や悪を避けていても、組織の中に入ってしまうと、そういうことをやってしまう。
白状すれば、ぼくもある。
夏に職場でアイスをもらって、ぼくは上司からだと思って食べるわけさ。
ところが、それが盗んだと同義の手段で手に入れたアイスだったということはある。
暴力だって、そう。
ま、ぼくは、かなり殴られてきました。
ぼくを殴ったのは公務員でした。
ところが、その人たちをぼくが殴ると犯罪なんですね。
教育の不正だって、結局は自分たちがおいしい思いをしているから問題にならないわけさ。
そして、その中にメディアも含まれているから問題にならないわけさ。
誰もが正義だとか正しさなんて求めていないわけなんだよね。
それはどういうことかというと、自分に責任が来ないわけだからね。
責任を取られるのは、責任能力のない人たちだけでしょ。
ぼくは、日本的なものの全てに疑いの目を向けている。
学校と組織なんて同義なんですよ。
新聞を読んでいて、ふとそんなことを考えた。
 

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