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『ワイドショーでなぜ悪い』

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 5月28日(日)20時59分24秒
返信・引用
  『ワイドショーでなぜ悪い』、なだいなだ著、『ふり返る勇気』、筑摩書房を紹介します。

先月のぼくの文章は支離滅裂。
今月は、上記の話し。
なだいなださんの指摘は正しい。
政治評論家(政治部)が出てくると、まともな政治行われない。
そして、まともな番組や新聞はない。
今の安倍政権は、より悪質になっている。
国会が≪シンゾー・アキエ・ハウス≫になっている。
放送免許取り消しを、名前が出てこないが、官房長官や総務大臣にやらせればいいのだ。
テレビは、フジテレビだけ。
新聞は、読売だけ。
今、イタリアのシチリアでのサミット(何という名前なのかが分からない。)を終えて政府専用機で日本に向かっている最中の安倍夫婦だが、メディアを廃紙、停波にしたら、G7への出席は絶望的となる。
経済も科学技術も、北朝鮮の脅威が現実となっている現在では、日本はそれほどたいしたものではない。
また、この本を読んで、メディアだとかジャーナリズムとは何なのかということを考えてしまう。
反権力なんて、そんなことは、ぼくのなかでは思想だから分からない。
けれども、加計学園、森友学園、どちらもあらゆる行政に共通する問題だったりする。
特定のところが認可されているんだよね。
あるいは、特定のところに補助金が流れている。
そして、ぼくらには自助・自己責任だという、現在の権力。
文部科学行政に限れば、私学よりも国公立の方が汚いものがある。
ま、地域の名士を罵ることになるので激しくはやらないけれども、もうじきその名士もあの世だ。
となると、その実力のない息子と向き合うわけだが、ちょっと楽しみ。
ぼくのことはどうでもいい。
だが、このなだいなださんの論理は、なかなか興味深いものがある。
今、読む価値はありますよ。
 
 

『人生論ノート三木清』、岸見一郎著、NHK出版。

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 4月15日(土)19時57分23秒
返信・引用
  『人生論ノート三木清』、岸見一郎著、NHK出版が今日手元に届き読んでみました。
熟読ではなくて、流し読みですけれども。
三木清という人は、なだいなださんの本を読んで知った人。
なだいなださんによると『共産党員をかくまった』だとかで逮捕され、戦後、刑務所内で『食糧難で獄死したとかいう人』だったと記憶している。
ぼくは、そういう話はとても好きなんですね。
共産党とかいう話は、ちょっと苦手なんですけれどもね。
なだいなださんからは、こういう人を何人も紹介していただいた。
ゼンメルヴァイスやチャペックやケストナーなどなど。
そういうことをなだいなださんから教えていただいたから、ぼくはまだ死んでいないのだと思っています。

図書館で三木清著、『人生論ノート』を読んで、≪これは読みこなせないな。≫と思った。
NHK出版の本でも、哲学の本でも、ことばが分からないものがいくつもある。
突然、習字の話をするが、習った流派の場合、≪上手い≫ということが分かる。
それと同じように、読書も、ことばや論理展開が理解不能なのがほとんどなんだよね。
文豪といわれる人や賞の名前になっていたり、受賞者に、ぼくは理解できない人が多いかな?
勉強だって、そうなんで、ま、これは対象が生きているし、学閥もあって、生臭いので書けないけれども、アブストラクトというはじめにのところを読んだだけで、勘みたいなものがはたらき≪どうなんかな?≫と思う。
それくらい三木清著、『人生論ノート』は、ぼくにとっては難解だった。
買って失敗だと思っていた。
≪この際、書棚を整理して≫なんてことも考えた。
どうでもいいことだが、昨日、地震があった。
震度は1だったようだが、震度7とかいわれている地震でも動かなかった本棚が揺れた。
揺れはたいしたことがなかったが、エネルギーは相当なものだということがわかった。

届いて読んでみると、とても読みやすい。
内容も理解できる。
なだいなださんの常識哲学の対義にある哲学が三木哲学であるように思ってしまったのですが、この本は哲学を少しでも知っているのであれば読みやすいし、お勧めの本です。
 

Foolish

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 4月 1日(土)18時21分12秒
返信・引用
  先程、ブログを更新して出かけるつもりはなかったのだけれども、出かけた。
相変わらず、町内会の監視と警察の追跡はある。
若い時ならば、こういうのは苦痛だったのだけれどもね。
根拠が在って、書いているのだけれども、病的と思われるのであればそれでいい。
地域の公的な大学のいくつかが実力に基づかない人事をしていたということや公務員が年度末に辞めていく際の発言を見て、実際に紙面で確認したいから図書館に行った。
ぼくはなだいなださんから学校という装置についてのお話を聞いた。
教育とは、今、まさに話題になっている教育勅語の通りで、国家に奉仕し規格内に収まる製品を作り出す場なんだよね。
その最たるものが社会科だということをなだいなださんは述べられていた。
アメリカ人と接すると、あるいは教会で様々な国の人と接していると、個人として最善を尽くす、あるいは出来る範囲で日々がんばるというものを感じた。
だから、今が大切なんだ、そんな風に感じたものだった。
ところが日本人は、個人なんてなくて組織、組織、組織。
役所、メディア、交通、町内会などの公は、個性や自我という個人を嫌う。
そして、ぼくらに強いる。
人を殴る、人のものを盗むというのは犯罪だとぼくは考えている。
少なくとも、個人としてはそう思っている。
ところが、そういう犯罪や悪を避けていても、組織の中に入ってしまうと、そういうことをやってしまう。
白状すれば、ぼくもある。
夏に職場でアイスをもらって、ぼくは上司からだと思って食べるわけさ。
ところが、それが盗んだと同義の手段で手に入れたアイスだったということはある。
暴力だって、そう。
ま、ぼくは、かなり殴られてきました。
ぼくを殴ったのは公務員でした。
ところが、その人たちをぼくが殴ると犯罪なんですね。
教育の不正だって、結局は自分たちがおいしい思いをしているから問題にならないわけさ。
そして、その中にメディアも含まれているから問題にならないわけさ。
誰もが正義だとか正しさなんて求めていないわけなんだよね。
それはどういうことかというと、自分に責任が来ないわけだからね。
責任を取られるのは、責任能力のない人たちだけでしょ。
ぼくは、日本的なものの全てに疑いの目を向けている。
学校と組織なんて同義なんですよ。
新聞を読んでいて、ふとそんなことを考えた。
 

その名は新潟大学。

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 3月23日(木)23時59分39秒
返信・引用 編集済
  今日、新潟大学の卒業式があったという。
その映像の一部を見た。
今日国会で証人喚問を受けた森友学園の幼稚園と同じようなことを卒業者の代表が学長?総長?に述べていた。
安倍の首相のアベノミクスのおかげで就職が改善して、という内容だった。

学生の学力不足や教職員の知的欠如を、この卒業生代表を見ていて考えてしまった。
学費が安くて、国家に奉仕する人材の育成が、まさにこの旧国立大学ではいまだに行われているのだ。

だから、国のために精神病の県民に対して、内科医がツツガムシの毒を注射していき次々に殺していく。
あるいは、地域のトップや幹部として、情実公権力の行使をやりまくる。
こういう馬鹿どもが地域の教員や医者そして公務員となる。
自殺も学力向上も医療も、生活も上手く行くわけがないわけさ。

総合大学で、単科大学を馬鹿にし、私学を馬鹿にし、東大の次が新大だ、なんていっているのだから、口に出したことはやってもらいたいし、振る舞いも思慮深くしてほしい。

この大学は教養もダメなんじゃないのかな?
この大学は自分で学び取り考え抜くという思考力とそれに伴う研究や論文記述も、ちょっと無理だろうな。

まあさ、こういう大学生を見ていると、AVにひっかかる、性感染症になる、そんなのは起こるべくして起こっているのではないかという気持ちになる。
 

地域のウソ。

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 2月 2日(木)23時07分21秒
返信・引用
  ぼくは、なだいなださんからも≪何もしないで口ばかり≫ということをいわれた。
≪困ることもなく、悩むこともなく、人助けは今以上に出来れば≫と本当に思う。

ぼくは、人にそういうことはいわない。
考え方が異なっていても、耳を傾けるようにしている。
というのは、自らの成長につながる場合も少なくないからだ。
本を読むことだって、そういうこと。

ぼくが、福祉の現場でどれほどの辛い思いを我慢してきたのか?
教育の現場で、子どもとして、教育者として、どれほど辛い思いをしてきたのか?
また、その場所で悪をはたらいているのは学歴のない人もいるけれども、まあ大卒以上なんですよ。
高学歴や権力があるひとほどいじめは辛辣。

≪何もしないで口ばかり≫というのは、なだいなださんらはいいことばをぼくに与えてくれたと今では感謝している。
いわれた時は、ちょっと、いや動揺もしていなかったな。
だって、現実の世界ではもっと厳しいことは当時もあったもの。
でも、やっぱり動揺していた。
というのは覚えているもの。

この前書いた、地域の教育のウソなんて、本当のことだから誰も問題視しない。
ぼくは、高等学校まで明らかにウソの成績をつけられてきました。
体罰も、ぼくではない案件でやられていました。
ぼくの教育の機会を奪ったあるいは教育にすらなっていなかった学校を恨みます。
が、別にというところもあるんです。
これは、ぼくも一応、高等教育を受けて、学歴に対する劣等感や屈辱感が全くないからなんでしょうけれどね。

こんなことはいくらでもあるんですね。
腐るほど見てきた。
ぼくが、加害者 “側”でどうすることも出来ない時もあったし、被害者側でという場合もあった。
どこに通報したって無理なんですよ。
地域の都道府県の精神科の単科病院で重大な医療事故が起きた。
リンチ殺人といえるような状況だ。
同種の案件では、死者が出ていない場合でも実刑で最高は無期懲役もあったと記憶している。
こんなんさ、知的障がい者の施設では、あるいは児相では、保健所では、いくらでもあるんだよ。
しかも、通報先が福祉であり、執行が警察となると、正すことが出来ないわけさ。
見てきたこと、聞いてきたことではなくて、経験してきたことだ。
土地勘が一切ない地域なんだけれども、地域で強盗殺人が起きたという。
この手配は続いているようだ。
その一方で、この都道府県立の単科の精神科病院や知的障がい者施設での虐待なんて、警察は≪何もしないで口ばかり≫なんですよ。
しかも、関係者が自殺したことすら伝えない。
措置入院、任意入院、閉鎖病棟、一般病棟であれ、移動の自由は制限されているわけで、また入院費って安くないわけでね、しっかり捜査をしなければならないのにやらないもしくは書類送検なんですよ。
こんなんいくらでもあるんだよ。

ぼくたちに責任を求めて、逮捕したりしているわけだが、地域の行政機関は責任を負えますか?
≪何もしないで口ばかり≫とは、ぼくも含めた地域社会に対することばなんですよ。
≪何を為すべきか≫と対なんですよ。

こういう文化は、外部の人間には容易には分からない。
縛られて、自由がなくなって、はじめて気が付くわけでね。
 

成績改竄が証明された。

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 1月25日(水)23時22分57秒
返信・引用 編集済
  ぼくの地域では福島県からの避難者のいじめの話題があるようだ。

でも、ぼくはいじめには注目していない。
人と違うところを見てしまう。
国語の教諭(担任かどうかは分からないが)がいじめられた生徒に作文を書かせ、その作文を見落とした一部あるいは全部読まなかったという。
ぼくの経験だと、大学の大講義室の授業の課題でも、先生は目を通していたよ。
もちろん、レポートも論文も。

話を戻す。
ぼくも、小学校から高等学校までは、こんな教育でした。
出来た科目は、悪くつけられていました。
いたずらをされた科目は、1度だけだけれども1をつけられました。
さらに、今でも覚えているのだけれども、もう亡くなっていますが、全国テレビにも出た先生の中学校の英語の試験では、ぼくの答案は全部といっていいほど採点されていなかった。
試験後、当然、持って行くさ。
そしたら、ぼくを疑いの眼差しで見る。

中学校の時に問題があると、ぼくとは関係なくとも全部ぼくのせいだった。
高等学校の部活は、地域一括だったのだけれども、あの場でも冤罪体罰がかなりあった。
選手の起用も、筑波大学、日本大学、早稲田大学の人たちによる縁故採用だった。
勝てなかったのに、責任は取らず今でも幹部だよ。

話を戻そう。
生徒にやらせて、それを確認しない、そんな授業や教育あるいは評価は成立しない。

いじめも問題だ。
だが、地域の教育活動全てに疑いの目が向けられているという自覚が教育関係者にあるかな?
 

『アイアムフウアイアム』

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 1月11日(水)05時21分28秒
返信・引用 編集済
  今日紹介するのは、『アイアムフウアイアム』、なだいなだ著、『ふり返る勇気』、筑摩書房に採録されているものです。

本題に入る前に、この思考について少し引っかかることも書いておく。
なだいなださんは『権威と権力』という本をお書きになられたし、物凄い実力のある人なんだけれども、ぼくらは社会生活をするうえでどんなに孤立したい自分でやりたいと思っても、現実はボス的な人に従わねばならないのです。

ま、こんなことは、ぼくごとき雑魚がなだいなださんやぼくより上席の読者に対してのべることではない。

まだ、本気で何度も読み返しているわけではないのですが、職業差別ではなくて、検挙されていない凶悪犯罪は、もちろん組織犯罪集団もあるだろうけれども、自衛官、警察官、海保、消防、刑務官、体育教師などの暴力に近いところの人が関わっている可能性は排除しない方がいい。
拉致案件だって、そうだよ。
ぼくは、今は、椎間板ヘルニアで身体がままならないけれども、若い時は体力には自信があったが、そういうことはしなかった。
知識もなかったし、行動しようと思わなかったし、方法も知らなかった。
と、考えると、素人が社会の注目を集める犯罪をするとは思えないのだよね。
この前の宇都宮の自衛官の爆破テロの案件だって、そりゃ花火の火薬だったと思うけれども、それを集めて、火なのか起爆装置なのかを稼働させれば爆発的な反応が起こるわけだが、まず、これね、頭で考えていたところで無理なんだよね。
その前に、頭で考える日本人も相当少ないはず。
まあ、挑戦してやろう、なんてことは考えない方がいい。
本当に大怪我をするぞ。
爆発物の専門家ではなくても、職場でそういう話は出ているはずなんだよね。
だってね、理工系で、会社でもどこにでもあるような気体でも爆発事故が起きたりする。
ぼくは、もちろん起こしたことはないけれども。
爆発事故が起きたら大変。
多くの人に迷惑をかける。
と、同時に、その爆発物というか、どこにでもある気体なんだけれども、その危険性は厳しく指導される。
話がそれてしまったけれども、凶悪事件であればこそ、捜査機関は向ける視点を、まず自らに向けたらどうだろうか?
そういうことを考えました。
 

『文明と先制攻撃』

 投稿者:jaspers  投稿日:2017年 1月 7日(土)09時10分46秒
返信・引用
  今日紹介するのは、『文明と先制攻撃』、なだいなだ著、『ふり返る勇気』、筑摩書房に採録されているものです。

こういう内容は大好き。
そして、なだいなださんはさすがだぁ~、と思う。

冒頭で、なだいなださんが書かれていることは、アメリカだけの問題かな?
いや身近な問題です。
商工会議所の実際の様子が頭に浮かぶ。
ぼくは、かれらに打撃を与えていないけれども、ぼくはやられましたね。
別に、こちらが大打撃を与えてもいいのだけれども、当時は若かったので世間体なんてものも考えてやめました。

なだいなださんが書いている、『文明と先制攻撃』は興味深いし、現代にも通じる話だ。
現在のオバマ大統領のアメリカも裁き無しで殺害をしている。
何人殺害されているのかな?
トランプ次期大統領は、やはり財界との結びつきが強い。
去年の夏のリオデジャネイロ・オリンピックのひとつの競技をパソコンで見ていて思ったことがある。
スペイン・ポルトガル語圏の強さである。
スペイン・ポルトガル語圏をアングロサクソン語圏は、ロシア同様に警戒しているはずだ。
アメリカが、何故、メキシコやヒスパニックを特別視するのかということも、なだいなださんの、この文書の最後を読んで分かった。
ぼくは、世界史だから、スペインやメキシコや南米のことは、少しは知っていましたけれども、なだいなださんが文末で書かれていることは、教科書や参考書には出てこない。
文明と野蛮というのは、本当に考えさせられる。

最後に、これはなだいなださんの技術のひとつなのだが、難しいことを、いくつか紛れ込ませる。
人身御供。
これはひとみごくうと読むのだ。
知らなかった。
調べてみたら、即身仏とはどう違うのだろうか?と考えてしまった。
間違えていたら、訂正しますけれども、結果は同じ。
人身御供は個人とは限らない。
即身仏は、一般的に高貴な人で、個人である。
また人身御供は、いやだけれどもということで主体性に欠ける。
ところが即身仏は、知識もあり人徳もある人が個人として判断して、仏になるのではないのか?
つまり、人身御供は、自我、個人、哲学、倫理、能力のない社会と、文明側は見てしまう。
ところが、即身仏は違う。
逆だ。
お勧めの思考です。
 

宗教。

 投稿者:jaspers  投稿日:2016年12月25日(日)23時26分37秒
返信・引用
  今日は、クリスマス。
書く前に、お世話になったカトリック教会および信徒に迷惑をかけるかもしれない。
が、書かずにはいられないのだ。
この時を逃したら、もう書けない。
だから、書く。
もし、ご迷惑をかけ、心痛を与えるのであれば、お詫びいたします。

今日、車の不調でディーラーに行ったことは日記で書いた。
そこにおいてあった雑誌を見た。
都会出身で地域でニュースも読む局のアナウンサーが厄除けだとかで神社に行くとかいう特集を組んでいた。
読売新聞系列です。
美人で、知的で、そういう感じの人。
年齢は、一回りは違う。
一回りというのは12年以上違うということ。
厄除けが、いくつだとか、そんなものは知らない。
神社や寺を馬鹿にしているのではないのです。
現にうちにも、神棚や仏壇はあります。
12歳も歳が違うと、宗教に関する考え方がこうも違うのか!と驚きました。
ぼくたちが子どもからオウム真理教事件が起きるまで、どれほど宗教が盛んに普及活動をしていたか?
子どもの時は、様々なスポーツや芸術活動を通じて、学校のPTAを通して、の勧誘と布教活動でした。
親元を離れて教育を受け始めると、新興宗教あるいは新新興宗教の勧誘です。
その中に、オウムがあったのですよ。
そして、オウムが事件を起こすと、今度は警察が、ぼくをオウムと見なすわけだからタチが悪いなと思うのです。
長く続いている宗教は、識字や迷信の打破や道徳を説いてきたのも確かです。
つまり学校教育に近いものがあった。
それは、分かる。
さらに汎神論は、ぼくのこころに響くのです。
汎仏論でもいいですけれどね。
普遍性というか常識というか哲学というか、そういうところは個人と共にあると、ぼくは思っています。
でもですね、厄年なるものは、なかなか普遍的なものでもないし、超越神論的なものだと思うのですね。
厄払いをしない人とした人はどう違うのか?
真顔で、そんなことをいっていたら、ちょっと危ない。
でも、初詣なんかは、みんな行く。
教育を受けている人が、しかもテレビでニュースを読んでいる人が自らで何かを切り開かずに、こういう売名行為をしているのは問題だと思う。
ぼくは、とても残念に思った。
ぼくらまでかな?
いや、ぼくらだけかな?
宗教に対して辟易しているのは。
ぼくのおじやおばなどは、高学歴で外国を知っています。
外国での宗教の話しも、以前は聞かされていましたね。
宗教の話はタブーだとか、白人はいわれないけれども外国人は野蛮だ、そんな感じですよ。
うちの親も。
今は、みんな話しかけてこないし、ぼくも避けている。
けれども、以前、相手もいないのにアジアの人と結婚したらどうするか?と聞いたら猛反発でしたね。
ぼくに、宗教の話はタブーだとかいっていた人たちが、メッカということばを盛んに使用しているのには子どもの時から驚いていました。
この使用法の問題点は、なだいなださんが指摘していますので、そちらを読んでいただきたい。
議論をするために書いているのではないのです。
記すために、記しているのです。
このメッカということばも、さきほどツイッターでつぶやきましたが産経新聞も人々が集まる場所みたいな意味で使用していましたし、今から10年位前いやもっとかな?ぼくの都道府県がぼくの市の観光案内で使用していました。
宗教から外れますけれども、産経新聞は中華と中国を混同しているということも分かりました。
若い時は、こういう議論は嫌いではなかったのだけれども、メッカだとか中華と中国だとか、そんな話はぼくとは関係ないので、いい人を見つけてしてください。
ぼくは、そういう議論は若い時にしてきたので、その議論自体が意味を持たない。
得るものがないのです。
それにしても、現代のこの日本の宗教観は何なんだ。
神社に初詣行くと、家内安全だとかというものが売られています。
ぼくの家も買っています。
その神社と近い、現在の政権がカジノ法案を通す。
神社なんていうのは、著しく公序良俗に反するぞ、と考えている人は少ないのです。
といっても、ぼくもカトリックのお世話になっています。
今は、ほとんど関係がありませんけれども、よくしていただきました。
カトリック教徒ではないのですけれどもね。
人が集まるという意味のメッカをバチカンだとかエルサレムだとか皇居あるいは伊勢神宮といわないのも、ぼくはどこか蔑視があるように思うのだけれどもね。
 

『イラク戦争は起きないだろう』

 投稿者:jaspers  投稿日:2016年12月23日(金)14時57分46秒
返信・引用
  今日紹介するのは、『イラク戦争は起きないだろう』、なだいなだ著、『ふり返る勇気』、筑摩書房に採録されているものです。
ぼくは、反米ではないのです。
けれども、昨日のラジオで聞いていた日本政府の予算案に関する稲田防衛大臣のコメントや沖縄の問題、物理的な攻撃能力はないとされている無人機の三沢基地配備、F35の配備、オスプレイの配備費、尖閣警備など考えると、軍拡でこれは危ないなと思うのは本当のところ。
『イラク戦争は起きないだろう』でなだいなださんが書いておられる通りで、外交の無能さをこういう物理的な力で補っているように見えるからだ。
どのような外交努力をしているのか?ということが秘密保護法によって伝えられなくなったから、今日的な状況になっているのだろうか?
ぼくが、問題だと思うのは、上記のそれぞれに問題はあるのだろうけれども、無人機の導入だ。
無人機は、ぼくは倫理的に問題ありという考えだ。
でも、この議論はしたくもないからしません。
無人機を導入するのであれば、国会での議論は必要だ。
ところが突然知った。
また偵察衛星との関係はどうなのか?
民進党、かつての民主党などの政権にいたことがある人たちは、その威力を知っているから、国会で話すことが秘密の暴露につながると考えているとしたら、もはや民主制ではない。

どうでもいい話を最後にいくつか書いてしめる。
ぼくは、稲田大臣は仕事が出来ないと見ている。
女とか、そういうことではない。
防衛に無知でも、あまり問題視していない。
かのじょの人間性が嫌なんだ。
だからとても醜悪に感じる。
ぼくは、本当はあまりこういう気持ちを抱く人はいないのだけれども、かのじょは徹底してダメだ。
 

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