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タブロイド判のフリー紙「ザ・ファミリー」のコラム「このごろ」に 恵さんが次の様な文を書いている。
遺 影
友人の告別式や偲ぶ会などで遺影を見ると、いいものを撮っておいたな、といつも思っていた。笑顔のスナップ、あるいは改まった席でのプロの手による写真もいい。
−−−中文略−−−
旧制中学の同期生、故M君は、毎年元日に自分のカメラで写真を撮り、遺言を書き残すことにしていた。あまり準備が良過ぎると、早く役立つ結果になりかねない。当分は考えないことにしておくか。
最近は、被写体になること自体あまり好まない。若い人と一緒ならいいが、各種同期会などの記念写真は、お互い老残の身をさらすようで「もういいよ」の気分になる。デジカメもほとんど持って歩かなくなった。今いる所でも、何かにつけ写真を撮ってくれるが、自分のアルバムに入れるのはあまりない。
最近同期の集まりで写真を撮ろうとすると 写りたくないという人が増えてきた。このホームページも かなり強引に写真を撮って載せているのが多くなっている。このホームページもこの辺が限界かな と思うこの頃である。
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