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悲しいです

 投稿者:菜子  投稿日:2016年 7月 8日(金)08時52分15秒
返信・引用
  私が小学校に上がって、漫画を読み始めた頃、「りぼん」で巴里夫先生の漫画に出会って、
その頃、全盛期だった貸本屋さんでも先生の作品を多数借りて読んでました。

ある日、先生の作品を探してたら貸本屋のおじさんが「さっき、「りんごの涙」言う本が入ってたけど出てもた」っていうのを聴いて、「あ~、残念」って思ったのですがそれっきり「りんごの涙」と出会えることはなくてずっと心に引っかかってました。
それが、このホームページを知り、「りんごの涙」が復刻版で出てると知り、即注文しました。
その時に、この本にまつわるエピソードも書きましたが、先生から暖かいお返事を頂き、本にもサインを頂いて、嬉しくて、嬉しくて、一生大事にします。

先生の作品は他にもいっぱい記憶しています。
最近のことはすぐに忘れるようになりましたが(笑)昔読んだ作品は今でもその時のイラストまでよみがえってきます。
今でも、大好きな作品は「ふたつ星の旅」
両親が亡くなって姉妹で養護施設で育ってたのが妹が子供のいない裕福な家に貰われていった話でした。
妹んお名前はみなこ?だったかな?走っていく車を妹の名前を呼びながら追いかけて泣いてたお姉ちゃん。
読んで何度も涙しました。

それから地方から転校してきた女の子がクラスで挨拶の時、つい方言が出てしまい
「よろしくたのみますけん」だったかな?
それをクラスの男の子がまねをして「よ~、わかりましたけん」っていうんですよ。
その時は「あいつめ!」と、怒るのですが後で誤ってきた男の子に「こんな男前が謝ってくれてるのに何だかもったいなくてねえ」とか言って許しちゃいます。
そういう明るい主人公も先生の作品の特徴でした。
でも、そんな明るい主人公も仲良しの友達の友情には勝てなくてつい涙を流してしまいます。

タイトルは忘れてしまったのですが、そういう風に覚えてる作品がいっぱいあります。

ここしばらく、忙しくてホームページも覗きにこれなくて、そしたら突然の訃報を聞き、信じられない気持ちです。
これからも、先生の復刻本を読みたいと思ってた矢先です。

先生は亡くなっても先生の作品は永遠に生き続けますよね。

天国でも素敵な漫画を描き続けてくださいね。
私はこれからも永遠に巴里夫漫画の大ファンです。

ご冥福をお祈りします。
 
 

ありがとうございました。

 投稿者:ゆっこ  投稿日:2016年 7月 7日(木)20時34分34秒
返信・引用
  小学校の時に 五年ひばり組に出会えて それから40年近く。
私の人生の教科書は 五年ひばり組です。
先生のホームページがあることを知り、先生に出会えて、先生の再販のマンガを購入して
先生にサインを書いていただけて 本当に幸せをいただきました。
あちらでも忙しくマンガを描いてるのでしょうね。心の中では先生はずっと 生き続けています。ご冥福をお祈りします。だけど
さようならは 言いません。ありがとうございました。
 

感涙にむせんでおります

 投稿者:磯島 美子  投稿日:2016年 7月 7日(木)12時20分12秒
返信・引用
  故・巴里夫(本名:磯島重二)の家内でございます。このたびは、主人の逝去にともない、ファンの皆様からお悔やみと惜別のお言葉をいただき、ただただありがたく、感涙にむせんでおります。
 主人は、この4月に食が細くなり、みるまに激痩せしました。大学病院で肺がんと宣告され、治療方針は示されませんでした。「死を覚悟して生きるよ」と書斎を病室にリフォームし、介護ベッドを入れて、長期戦となる闘病体制を整えた矢先、腹痛に何度も襲われ、そのたびに往診治療をうけましたが、体力を消耗したのか、意識不明となり、7月1日午後2時過ぎに家族と縁者に看取られて静かに息を引き取りました。まだまだ一緒に過ごせると思っていましたので、あまりにも速い死は、想定外でした。残念でなりません。
 主人とはお見合い結婚でした。つましい生活のなか、主人は描き続け働いてくれました。やがて貸本マンガで人気を呼び、ついに、集英社の少女雑誌「りぼん」編集部様にスカウトされ、ここでもファンの皆様の支持を得て人気作家となりました。そのおかげで、最盛期の終盤には、作家から編集顧問へと転身の道が開け、77才まで、マンガとかかわることができました。我が家も安定した生活を送ることができました。
 退社後は、ファンの皆様の声に押されて、ホームページを立ち上げ、往年のマンガ作品を復刻刊行して、ファンの皆様との交流を無上の喜びとしていました。「後は、弟に託す」と言い残しましたので、今後は、ホームページを制作し、パソコンに画稿をとりこみ版下をつくり、印刷所で印刷製本してkれた、8才年下の弟さんが、復刻を続けてまいります。巴里夫のマンガは伝承されます。嬉しいかぎりです。
 もうけた子供は、長女長男次男の3人です。皆いい大人になりました。晩婚の長男夫婦に待望の孫(男子)ができたとき、主人は3代目の誕生に大喜びでした。葬儀の場で、3才児の孫がみせたかわいい仕草は、すばらしい手向けとなりました。主人は、安心して逝ったと確信しております。
 ファンの皆さま、ほんとうにありがとうございました。衷心より厚くお礼申しあげます。                                           合掌
 

巴先生ありがとうございました。

 投稿者:おちゃる  投稿日:2016年 7月 7日(木)12時16分11秒
返信・引用
  私は昭和30年生まれです。先生の作品が大好きで、特に『5年ひばり組』でシンカンセン、ロケット、ちびぱぱエトセトラ…個性的な登場人物で本当に夢中でした。当時は貸本屋さんもあり、他の作品もほとんど見ました。自分で描いたりもして、ちょっとした漫画家気取りな小学生でした。懐かしくて、この場を借りてありがとうと伝えたいと思います。  

先生有難うございました。

 投稿者:まり  投稿日:2016年 7月 5日(火)22時19分47秒
返信・引用
  子供の頃病弱で内気だった私は、快活なシンカンセンやロケットにあこがれていました。

5年程前に偶然このHPを発見し、大喜びで作品の復刻リクエストや作品への思いをメールさせて頂いたら、すぐに先生から温かな返信メール頂き大感激致しました。

3月に2度目の購入をさせて頂き、その後6月半ばに在庫切れの本の予約メールをし、すぐに「お待ち下さい!」の返信頂き、それからわずか2週間もたたないうちの訃報でしたので、茫然としてしまいました。。。

先生!ずっと現役でお仕事されて、その後はファンの為に復刻して頂いて、
生涯現役でしたね、心の底から尊敬しています。ずっとずっと尊敬しています。

やっと読めた(一生読めないと諦めていました)ひばり組の最終回。他購入させて頂いた本やイラスト、大事に大事にします。
先生本当に有難うございました。
 

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